kmswrn

にゃー

きみは白昼夢①

きらきらと光る湖面、眩しいくらい美しい江の島の海。
わたしはその日、あなたに出会った。


きみは白昼夢


馬鹿と天才が紙一重だとよく言うように、
無鉄砲は神経症の一種だったりする。たぶん。
赤信号を渡りたくなるのは今日もちょっと死にたいからで、
人の話を聞かないのは自分を守る盾だった。

響マリ。20歳。
ばかみたいな失恋ばかり繰り返してはこうやっていつも神頼みに来ている。
今度のお相手は同期の類くん。わかってるよ、望みなんてないってさ。
ごまんと溢れる恋愛サイトではしきりに「女子校ブランド」を謳うけど、
真に女子校ブランドを外在化できるのは異性の兄弟がいる人間と、共学的コミュニケーション能力をちゃんと中学で学んできた高入生の子たちだけだ。
私みたいな引っ込み思案のオタクには当然春は訪れず、勢いあまって共学に進学したものの、この3年で見事にダメな片思いを繰り返すばかりだった。

ぶつぶつ文句を言いながら片瀬江ノ島駅を下車し、あっという間に鳥居の下に来る。
あーあ。なんで来ちゃったんだろうか。
初夏の江の島はカップルと行楽を楽しむ若者だらけで、一人きりで遊びに来た私はなんだか場違いのようだった。
去年のゼミで足しげく通っていたことだけが救いだ。手始めに大好きなディッピンドッツを購入する。
この観光地は結構異常で、簡単に歩ける距離にロープウェイが設置されている。しかもバカ高い。
何も知らずにロープウェイに搭乗する楽しそうな人々を横目に、気が付けば神社の一番上まで来ていた。

恋みくじ。。。。。。

しかも、絵馬もある。みんなお願いに来るのかな。
ちらちら見ているカップルの視線に恥ずかしさを覚えながら、意を決して600円を投げ込んだ。

江の島の神様。お願いです。どうか一度だけでいいので、好きな人と付き合えますように!
彼氏ができますように!そしてできれば、それが類くんですように…

黒マジックのキュッキュという音が軽快に鳴り響く。
絵馬を一番高いところに結んで、かたく手を合わせた。叶ってくれよ。
タロット占いも姓名判断も易もカバラ数秘術も、そしてもちろん神社仏閣も、頼むのはこれが初めてじゃないけど、わたしはそのいつかにずっと賭け続けていた。
まさかそれが、あんなことになるなんて…


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「えーーーーーーーーーー!!!あの時の!!?!?」

私のデカい声が藤沢の居酒屋に響き渡る。

「しっ。マリちゃん、うるさいよ」
「だ、だって、びっくりして…」
「そりゃびっくりするよね。私もびっくりした!まさかこんなところで会うなんてね」

隣にいる可憐な少女は雛森ユズ。2年前にわたしがインターンでインタビューした子だ。
絵の天才で、私の1個下だけど、すでにいろんな賞を取ったり、本を出したりしている。
ひなもりという珍しい苗字と、その正体不明なキャラクターも相まって、この2年くらいでずいぶんと出世したのだった。そんな子が、どうして…

「というか、私のこと、覚えててくださったんですか」
「うんー。だって、最初だったし。印象的だったんです。自分と同じくらいの人から取材を受けるなんて、新鮮で」
「へえ…」

話すユズの表情はすごく聡明で、同性の私でも惚れ惚れするくらい美しい。
大学2年だというのにすごく大人びていて、さすが売れっ子の画家だと思った。

学部の授業で、1年の夏から出版社やマスコミに行き、3カ月のインターンをする。
私を受け入れてくれることが決まったのは、それまでまったく縁のなかったアート系の出版社だった。
3カ月目に自分で企画をやることになって、それで打ち出したのが、若手アーティストの特集号だった。

私の、最初で最後の企画。
インターンの中でもそこまで熱意を燃やす人はあまりいなくて、何度も没にされながらなんとか掲載してもらえたのは6人中私だけだった。そこで取り上げたのが、雛森ユズ。経歴は浅いけど、彼女の絵が一目見た時から好きだった。油絵のことはよくわからないけど、頑張ってアポを取って、いろいろ尋ねた。メールインタビューだったからか、かなり淡白な必要最低限の回答が返ってきた。いまでも、なんであんなに多くの作家の方々が、私の稚拙な取材に答えてくださったのかよくわからない。
やっとのことで記事を完成させた後、嬉しくて自分のアカウントでもツイートしたけど、当時のユズときたらかなり怖かった。記事の公開直後に、

「すみません、これ、間違ってます。年齢のとこ」

とだけリプライが飛んできた。肝が冷えた。
訂正しました!すみません、と慌てて返すが、取材当時の冷たい空気も相まって、なんか嫌な印象ばかり残ってしまった。
こっちは仕事で個人情報聞いてるのに、露骨に嫌な反応するんだもん。うう。

そのユズと私が、なぜ藤沢で一緒に飲んでいるのか。
それは私が行った江の島の音楽イベントのせいだった。


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「失敗した……………………」

第一声がそれ。大好きな類くんが最近熱を上げている音楽グループ「AOC」の自主企画と聞いてチケットを取ったが、どうやら類くんはバイトらしい。まあ「AOC」は私もそこそこ好きだからいいけれども……せっかくなら会いたかったな。
先日、類くんとサークル終わりに一緒に帰ることに成功したときに、翌日に「AOC」のトークショーに行くと聞いたから、「誘われてる!?」と当日券で遊びに行った。類くんはひどく驚いていて、私は「誘われてなかったのか…」とちょっとだけショックだった。でもイベントは楽しかった。

全然知らないゲストの人と、全然知らない「AOC」のメンバーがひたすら話したり、音楽をかけたりしているんだけど、歌のない音楽でこんなにテンションが上がるんだとびっくりした。類くんも友達といたせいか、いつもよりにこやかで、こうして3人で会話をできているのがなんだかすごく嬉しかった。その最後に今日の告知。ライブなんてあまり行ったことはないけど、類くんに会えるならとチケットを取ったのが正直なところだった。まあもちろん、「AOC」の音楽も好きだけど。

しかも、整理番号が4番。聞くところによるとレアチケットだったらしい。なんだその運。聞いてないぞ。私は類くんに会いたかったのに…。

と、駄々をこねたのも束の間、ライブは本当に楽しかった。友達が一人もいなかっただけで。
途中、隣の女性が肩を組んできてびっくりした。楽しかったけど。驚いたついでに会話してたら食事に誘われ、ライブ常連の人たちとこうして、飲みに来たというわけである。

「マリちゃんはさ、普段どんな音楽聞くの?」
「え…あたしですか、うーん、サカナクションとか好きです」
「サカナいいよね!AOCはよく来てる?」
「いえ、今回が初めてで…この前友達とトークショーに行ったら、すごく楽しくて、来ちゃいました」
「その友達は…?」
「あ……………チケット取れなかったみたいで」

嘘は言っていない。多分。友達…というところも多分。

「うーこが連れてきたんだよね!他はみんな初対面?初めまして、みちるって言います。よろしくね!」
「あ、Twitter交換しよ~」
「ぜひぜひ!」
「待って、え、フォローしてる。マリさんですか?」
「わー。え。え?雛森ユズ!!!?!」

にこやかにこちらを見るユズと、硬直する私。
皆それを見て笑い始める。

「アイコンそのままだよねー。私もユズと初めて会った時、遠くからすぐわかっちゃった。あ、この人、雛森ユズだ!!って」
「ですよねですよね。びっくりしたー!」
「私も交換したい!何ちゃんだっけ?」
「マリです。響マリ。これです」
「わーアイコンかわいいね。ライターさんなんだ」
「学生の傍ら、たまに書いたりしてました。最近は別に」
「えーでもすごいよ」